工房紹介

臼職人歴20年に

臼職人兼杵職人一人だけの、神奈川県で唯一の工房です。

一人だけの、神奈川県で唯一の小さい臼と杵の工房です。

令和2年(2020年)に臼職人歴20年に。

平成12年(2000年)に埼玉県飯能市の臼職人・吉田徳次氏に師事し、令和2年(2020年)の秋で職人歴20年となります。修行を始めたときは35歳でした。残念なことに、師匠は平成30年(2018年)に69歳で亡くなってしまいました。とても優しい方で、怒られたことは一度もありませんでした。

木工は臼の修行を始める5年前から。

木工は臼修行の5年前、30歳のときの独学で始めました。木工歴は25年ということになります。刳物(くりもの・木に窪みを掘る技法)で拭き漆で仕上げた器を作っていました。

しばらくは木工作家としても活動。

ちょうど臼の修行を始める同じ年の平成12年(2000年)に、東京・目黒の工芸ギャラリーにて常設で木の器作品を販売してもらえるようになりました。臼の修行と並行して5~6年間は木工作家として活動していました。木工作家よりも臼職人の方が自分には適していると思い、臼に専念することにしました。

弟子入りのきっかけは雑誌を見て。

吉田さんと出会ったきっかけは雑誌で臼作りが紹介された記事を見たことです。刳物技法で木の器を作っていて、同じ技法の臼作りに興味があり会いに行きました。臼職人になろうとは考えていませんでしたが、作品の木の器を見ていただくと「すぐに臼職人になれる」と言われ、修行を始めることに。

平成15年(2003年)に独立・開業。

修行を始めて3年後の平成15年(2003年)9月に神奈川県藤沢市で独立・開業しました。開業時にホームページを開設しました。そのころはパソコンを持っているのはまだ少数派で、ネットの普及の波に上手く乗ることができました。それでも独立後何年かはアルバイトをしていました。ここまでやって来られたのはお客様の支えと協力してくれた方々、それに臼の神様のお蔭と感謝しています。

他の臼職人からも技を伝授。

一昔前までは技が盗まれると言って臼職人間の交流はほとんどありませんでした。ところが東北や他の臼職人と出会う機会があり、弟子が居ないので手伝いをさせていただき、各々の技と道具を伝授していただいたり、木の見方を教えていただくことができました。臼作りの基本は師匠の吉田氏の作り方ですが、それにいくつかの技を組み合わせています。

手掘りの臼職人は残りわずか。

戦後になって電動の大型旋盤(せんばん)が登場したことで、臼も挽物(ひきもの)技法で楽に早く作れるようになり、大量生産が可能になりました。それ以前の挽物は手回しろくろで人力だったために小さい椀や皿などしか作れませんでした。新しい技術や機械が登場すれば古い技術が消滅するのは必然なのかもしれません。

手掘り、手作りにこだわり続けます。

手掘りの臼は約3,000年前の縄文時代後期から作られたと言われています。いまはチェンソーなどは使いますが、基本的には縄文時代と同じ製作方法でつくられています。
機械が発達してもまだまだ手作業でしかできないことがあります。当工房では昔ながらの手掘り・手作りにこだわり、オノが振れる体力がある限り臼職人を続けるつもりです。
こちらのページもご参考にしてください。⇒こだわり


自己紹介・経歴

オノを使う職人臼職人・杵職人
柴田 芳久(しばた よしひさ)

1964年神奈川県藤沢市生まれ。天秤座、O型、趣味は焚き火。広告関係の仕事から転身。植木屋、刳物(くりもの)木器作家を経て手掘り臼職人・杵職人に。当ホームページも自作しています。

経歴

1993年 29歳で広告制作会社を退職。
1994年 手刳り(手彫り)の木器を独学で作り始める。
1995年 植木屋に就職。
2000年 木器作家として工芸ギャラリーデビュー。
2000年 埼玉・飯能の吉田徳次のもとで臼の修行を始める。
2002年 東北・S氏のもとで臼作りの手伝いを始める。
2003年 9月に独立・開業、ホームページ開設。
2006年 うすいちくんの“もちつき講座”HPを開設。
2007年 兵庫県立考古博物館の弥生時代・臼杵復元。
2020年 臼職人歴20周年を迎える。

テレビ出演

「ちい散歩」テレビ朝日
「森田さんのお天気コーナー」TBS、他

掲載書籍

「シリーズ昔の農具3 うす・きね・水車」農文協
(主に学校や図書館に置く子供向けの本です。)

掲載雑誌

「dancyu 2009年1月号」プレジデント社
「NHK 食彩浪漫 2008年1月号」日本放送出版協会
「e.コロンブス 2008年12月号増刊」東方通信社
※写真は2008年に当方が雑誌で紹介されたときに「コロンブス」のプロのカメラマンに撮っていただいたものです。