第四章 臼を鑑賞する

現在の臼の状況(4-1)

現在の臼の状況

日本の搗臼の主な目的だった脱穀・精白が機械化され、さらに電動餅つき器が普及したことで、臼の需要は激減した。かつては家庭の中心的な存在とされた臼も、イベントとしての餅つきで使われるだけとなってしまった。臼職人の高齢化も進み激減している。そんな状況のなか、量産する業者も出てきている。機能的には手刳りの臼も旋盤の挽物の臼も違いはない。

手刳りの臼もチェンソーと電動工具の波が

いまでも手作りの臼を作っている職人もチェンソーと電動工具の導入で作り方も変わってきた。ノコギリやオノの代わりにエンジンのチェンソーを使い、チョウナの代わりに電気ガンナを使うのは当たり前になっている。チェンソーだけで中掘りのほとんどの作業をこなす職人もいるほど。外側も電気ガンナのままかサンダーで仕上げているものが多い。

それでも臼作りで大切な掘りに欠かせない道具は、手ヂョウナと仕上げ用カンナだ。手ヂョウナで臼の掘り形状が決まる。さすがに手ヂョウナ後の仕上げにサンダーを使う職人はいない。最後はよく研いだヤリガンナか丸ガンナでキリッと仕上げていて、そこに職人のプライドが感じられる。

現在の臼は挽物が主流

挽物技法とは材料を回転させて、刃物を当てることで削り形を作る方法。椀や鉢、皿、丸盆などを製作する。弥生時代からあるという説があるが定かではない。臼や大型の木鉢が挽物でできなかったのは、手回し式のロクロを使っていたためで、大型のものは取り付けたり回したりできなかった。

丸い形状の臼や木鉢は挽物に適している。昭和30年代ごろから電動の大型旋盤が普及しはじめた。その大型の旋盤で挽物の臼を作る業者が現れたのだ。旋盤を使えば臼を作るスピードは劇的にアップし、1日に2個の臼ができるという。外側は電気カンナなどで作る場合と旋盤で作る場合がある。

大型旋盤の登場で臼職人も変わってきた。臼職人が旋盤を導入したケース、挽物職人が臼を作り始めたケース、そして木材業者などが旋盤を購入して臼を作り始めたケースがある。流通も発達して卸業者として広範囲に販売することが可能となったことも、大量生産の業者が出てきた要因になっているだろう。

臼の鑑賞(1)外形(4-2)

外形を鑑賞する

臼は一本の丸太の輪切りから作られるが、シラタを残したまま使うのが一般的。シラタとは木の外側の白い部分で中央部分はアカミという。シラタは柔らかく腐りやすいので、家具や建材の場合はあまり使われないが、臼の場合は内部にシラタがなければ問題はない。ここでの分類方法や名称は正式なものはないので、わかりやすくするため、勝手に付けさせていただいたものもある。

胴臼

下広型

関東地方に多い。チョウナ、台ガンナ、電気ガンナなどで縦に鎬(しのぎ)が入っているものが多い。

筒型

旋盤を使った挽物で作るときに一番簡単に作れる形。

太鼓型

太鼓職人が臼を作る場合に多い形。丸みの強いものもある。ほとんどが台ガンナ仕上げとなっている。

上広型

山形などで見られる。山形では伝統的にくびれ臼が作られていた。くびれ臼は上外径より下外径が細いため、その流れからと思われる。

そのまま型

枝や出張りなどを削っただけでほとんど加工していないもの。

くびれ臼

くびれ型

全国的にはこの形が基本。くびれの部分はチョウナか手ヂョウナで削ってある。地域により仕上げ方やくびれの位置などに違いがある。

アイヌ型

岩手北部・青森より北の型。円錐形を逆さにし台をつけた形で、すり鉢型の掘り方になっている。現在ではほとんど作られていない。

昔はくびれ臼だった

くびれ臼は弥生時代からあり、江戸時代に胴臼が普及するまではほとんどくびれ臼だった。いまでも東北や山間部に多い。くびれ臼には竪杵を使う。
臼がくびれている理由はいくつかあり、(1)運搬が楽になるように無駄が部分をそぎ落とした説、(2)タテギネを使うのに足を掛けて押さえた説、(3)粉末にした物を臼を横にして出すために軽い方が楽だった説など。装飾のため、という説もあるが、製作にかなり手間が掛かるため、実用的な理由があると考えられる。

胴臼になった理由

胴臼になったのは江戸時代。横杵と同じ頃に登場し、セットで使うのが基本。竪杵から横杵になったのはパワーの違いだが、胴臼になった理由は不明で、(1)横杵に負けないようにより重い胴臼にした説、(2)平地で台車などで運搬ができたため軽くする必要がなくなったという説、(3)太鼓職人が作ったために太鼓型が出回るようになったという太鼓屋説、などがある。

臼の鑑賞(2)掘り・刳り(4-3)

掘り(刳り)形状を鑑賞する

よくどのような掘りが一番良いのか?と尋ねてくるひとがいる。どの掘り形状が一番良いということはない。地方の独特の掘り方や使用方法、使用目的で形状が大きく変わってくる。現在の臼は地域性は薄れてしまい、餅つき専用となったので、餅が搗きやすい、手返しがやりやすいなどはあるが、それも個人の判断ということになる。

古い臼は内縁が杵で叩かれて痛んでいるものが多い。ミカン掘りの臼は叩くと割れて取れてしまうことがあり、大きな傷となる。
今回は「掘り」としているが、例えば「ミカン刳り」という呼び方もある。また、分類名は正式なものはないので、通称であったり、勝手に名付けさせていただいたものもある。

ミカン掘り

中が広く内縁が張り出し、底がやや平ら。

深ミカン掘り

容量が大きく、主に米搗き用として使われる。ワラの束をドーナツ型にした臼輪を入れて、搗いた米が飛び出さずに縁の返しで内側で回るようになっている。

たまご掘り

みかん型より全体が丸く深い。容量が大きく主に米搗き用の臼に使われている。内縁が張り出しているものも。

すり鉢掘り

中心部が深い逆円錐形。主に粉砕用でタテ杵で粉にするときに使いやすい。

鉢掘り

浅い丸形。木鉢と掘った形が似ている。手返しがやりやすく餅搗きに向く。外に水が跳ねるのが欠点。

円柱掘り

円柱形の掘りで底が平らでとても珍しい。会津で見られた。

臼の鑑賞(3)取っ手・上面・底面(4-4)

取っ手

主に胴臼についているのが取っ手。臼の取っ手は持ち上げるためではなく、起こすためのものなので、指が掛かる程度の深さしかない。臼は重いのでなるべく持ち上げない方がよいのだが、どうしても持ち上げなければならないときは、底に手をしっかり掛けるようにする。数、形、大きさ、深さ、位置は様々。珍しいところでは逆三角形のものがあった。ノコギリとノミで彫られるものが多いが、手ヂョウナで彫られるものもある。通常、2個から4個あり、大きい臼の方が取手の数が多い。

くびれ型の臼はくびれ部分に手を掛けるので取手はないが、希に取っ手付きのくびれ臼もある。くびれ臼には取っ手はないが、底に円形の窪みを掘った円形の取手が付いている。取手が1個しかない胴臼などにも底に取手が掘られていることがある。くびれ臼はすり鉢型に掘られていることが多く、搗きあがった粉などを横にして出すためにあると思われる。ミカン掘りの胴臼では横にしても出てこないので、底面の取っ手が不要になったのでは。

上面

臼の上面は平坦なだけと思っていないだろうか。平らな臼は多いが、わざわざ中に向かって内側に傾斜させて削ってある臼がある。それは米つき用で米粒がはねて上面に乗ってしまったときに、中に転がり入るようにするための工夫。現在のように餅つき専用の臼では必要ないが、その名残からいまでも内側傾斜で作られているものがある。

底面

底面はくびれ臼には円形の窪みの取っ手があるものが多いが、胴臼の場合はどうなっているのだろう。真っ平らなものもあるが、普通は中心を少し窪ませてある。地面に設置したときに安定が良くなるため。ただ切ってあるだけのものや、チェンソー削って窪ませているものもあるが、チョウナで削っているものもある。また、最近の旋盤で作った臼はレコード盤のような円形の筋がくっきり残っていることが多い。

臼の鑑賞(4)刀痕・塗装(4-5)

刀痕(道具)による鑑賞

より深く臼を理解するためにも、刀痕を気にして欲しい。刀痕で職人の技術や息づかいがわかる。木を削っただけの臼はごまかしのできない、味わい深いものが多い。

また、チョウナや台カンナで削った面はサンダーや電気ガンナで削った面のように毛羽立たず艶があり滑らかなため、水を吸い込まずにカビが生えにくい。

外側の仕上げ

内側の仕上げ

塗装の有無による鑑賞

塗装品と無塗装品は見た目でわかる。塗装したものは膜を張っているのでツルツルしてツヤがある(つや消しの塗料もある)。

臼の鑑賞(5)材料(4-6)

材料を鑑賞する

臼は形状や刀痕だけではなく、材料そのものも興味深い。じつは臼の善し悪しは材料で決まるといっても言い過ぎではない。同じケヤキ材でも個々の育った環境や個性の違いで割れにくかったり、堅く痛みにくかったり。臼職人にとって材料選びがもっとも難しい。原木を扱う業者すべてに共通することだが、思わぬ傷が出たり、割れてしまったりと仕入れに失敗したときは、高い勉強代ということになる。臼を作るのは何年か修行すれば誰にでもできるようになるが、材料選びは一生勉強といえるほど。

木目を観察する

臼の材料はケヤキが多い。ケヤキは導管が太く木目がハッキリしていて美しい。臼の木目もじつに興味深く面白い。どういう木目の材料を臼に使っているかを観察すると、案外さまざまなタイプがあるのがわかる。臼は家具などの木工品とは異なり、木目が細かければ良いというものではないようだ。木目が細かいと材質が柔らかく、粗いものは材質が堅い。そのため、粗い方が臼の寿命は長い。

芯の位置もポイントで、臼は芯部分が痛みやすい。そのため、芯が中心からずれている方が良いとされる。また、芯が2つある臼は木の上部の股の部分の場合が多く、芯と芯の間はとても堅いため良い。中には3つ以上あるものもある。

さらに芯に割れ止め、水漏れ止めとしてくさびを打ってあるものもある。

色を見る

古い臼ではわかりにくいが、ケヤキには赤ケヤキと青ケヤキがある。赤ケヤキは材質が赤く、青ケヤキは材質が黄色、もしくは白い。なぜ黄色いケヤキが青ケヤキかというと、一説には昔は色の呼び名が少なく、黄色も青も青(アオ)と呼んでいたらしい。

赤ケヤキと青ケヤキのどちらが臼に適しているかは単純には決められないが、赤ケヤキの方が高価ではある。

節や傷を見る

節や傷も趣がある。節は枝だった箇所だが、傷は瘤だった場合が多い。枝が雪などで折れて、皮が被ったところが瘤なる。傷が中にあると臼として問題がある場合もあるが、節や瘤は木目が複雑に絡み割れにくくなるというメリットがある。中に傷があった場合は補修方法も見て欲しい。1㎝ほどの丸い埋木はテッポウ虫の可能性がある。テッポウ虫の穴は底まで続いていることも多い。

臼の鑑賞(6)ひび割れ(4-7)

ひび割れを見る

臼は丸太の芯持ち材で作られるため、どうしてもひび割れやすい。臼は材料が生か半生の状態で作られているので、購入後の保管でひび割れを少なくできるという。それはゆっくりと乾燥させる。乾燥した場所、風の通しの良い場所、直射日光の当たる場所は避けて保管しなくてはならない。また、臼屋によって異なるが、毛布などを掛ける、逆さにするなどの保管方法があるようだ。当然のことながらひび割れが少ない方が臼としての価値は高い。とくに全くひび割れのない臼はごく僅かしかないのでとても貴重だといえる。

ひび割れにもタイプがあり、上から下まで通っているかどうか、真っ直ぐか曲がっているかなど、入り方や程度、本数なども気になる。

ひび割れの補修

臼のひび割れは湿度の変化によって広がったり閉じたりしている。そのため、ひび割れの補修方法はとても難しく、決定的な方法はないのが実情だ。

ひび割れの補修には大きく二つの方法がある。ひとつはひび割れの広がりを止める方法。もう一つはひび割れを埋める方法である。

ひび割れを止める方法

臼完成後1~2年程度のひびの入り始めに行われることが多い。5年以上経過した臼には効果は期待できない。

鉄輪をはめる方法

臼の外径よりも僅かに小さい鉄輪を作る。これを焼いて膨張させ、輪が少しだけ大きくなったところで臼にはめて冷やすことで、輪が元のサイズに戻り臼が締まるという仕組み。台車の車輪を作るのと同じ高い技術が必要となる。この技術を持っている鍛冶屋も激減していることから、現在はほとんど行われていない。ただ、臼は乾燥すると材料が収縮して径も縮むことになる。そのため、古い臼を見ると大抵は緩んでいるので、本当に割れ止めになっているのかは疑問が残る。

かすがいで止める方法

建築で使用する「かすがい」という「コ」の字型の金具を使用する方法。ひび割れをまたぐように打ち込むことで、割れが広がるのを防ごうというもの。よく目にする方法だが、木材がひび割れる力はとても大きく、かすがいが広がってしまうため、気休め程度の効果しか期待できない。

ちぎりで止める方法

カシなどの堅木を蝶型に作った「ちぎり」を、同じ形の穴を掘ってはめ込む方法。家具などの木工品でも広く使われている。臼上面や側面に入っている。かすがいのように曲がることがないため、強力だとは思うが、割れの強い力でちぎりが割れたり切れたりして壊れてしまったり、ちぎりの端から臼が割れてしまうこともある。また、技術が未熟で正確に入れることができないと全く効果はない。

塗料による方法

ひび割れ防止の塗料というものがある。ウレタン系の合成塗料だと思われるが、ひび割れる前に塗布するもので、最近の臼屋はこの塗料を塗布して販売していることが多い。この塗料が塗られた臼を多く見ているが、それなりにひび割れている。細かいひび割れには効果があるようだが、大きなひび割れについての効果は不明で、塗料のお陰であの程度のひびで収まっているのかもしれない。

ひび割れを埋める方法

臼が乾燥してからの修理方法。ひびが入ったばかりだと、今後広がったときに隙間ができてしまう。臼完成後3~5年以上経過してから補修することが望ましい。

くさび状の木片を入れる方法

臼と同じケヤキ材の木片を幅2~5㎝程度のくさび状にして、打ち込むようにしてひび割れに入れる方法。乾燥で割れが広がったときに取れてしまうため、外側には接着剤を使うのだが、それでも何年かすると取れてしまう。

木屑と接着剤を練って埋める方法

おが屑や木の粉末を接着剤で練った木くそ(本来は漆で練ったものをいう)でヒビを埋める方法。ひびが狭いときに施されることが多い。この修理方法で修理された臼は、臼そのものも合成塗料を塗られていることが多い。

虫穴を見る

臼の鑑賞とは少し違うが、材料の説明の補足として木材の虫について。ここでは臼に多いケヤキを食害する虫を取り上げるが、古い臼につく虫は要注意。穴が増えていく可能性が高いので、殺虫処理をする必要がある。

立木の場合

鉄砲(テッポウ)と呼ばれる指くらいの太さの穴が空く。カミキリムシの幼虫によるもので、上下に2メートル以上も入っている。とくに公園や街路樹などの平地のケヤキは手入れで枝を切り落とすため、切り口から入ることが多い。

伐採後の丸太の場合

樹皮の下に入る虫は多いが、削ってしまうので大きな害はない。

ところが、生の木や腐りかけている木に入る虫がいる。ナガキクイムシの仲間で木を直接食べているのではなっく、カビ菌を持っていて中で繁殖させて食べている。穴に合わせてなのか円筒形の形をしている。成虫の雄が1ミリほどの小さい穴(種類により大きさは変わる)を空けて入り、フェロモンで雌を誘い込む。夫婦で穴に暮らし、はしご状の穴を空けて子孫を増やしていく。深さ10㎝以上の穴を空けることがある。材料が乾燥するといなくなるので、臼にしても使用上の問題はないのだが、小さい穴が空いているだけではなく、カビ菌で穴が黒くなるので、臼にしたときに見栄えが悪い。

臼になってからの虫

新しい臼は虫がつかない。臼が古くなるとシバンムシがつく。ごま粒のように小さい虫なのでゴミや砂粒のように見えるので、注意しないとなかなか見つからない。納屋や物置によくいる虫で、小麦粉や乾麺などの乾物や菓子類、藁、ござ、最近ではペットフードやドライフラワーなど様々なものを食害する。1ミリほどの穴を空け、繭を作る。古い臼も例外ではなく、とくに外側のシラタと呼ばれる部分につきやすいが、芯部分のアカミにもつく。

虫の駆除方法

よく穴に殺虫剤を注入すると言われるが、これは穴の中に虫がいる場合のことだが、穴が成虫の出口になっていることが多い。すると穴は留守ということになり効果がない。また、通常の木製品は燻蒸殺虫するのだが、臼に殺虫剤は使いたくない。そこで臼の場合は熱処理をするのがよい。55から60度以上になると虫は卵やさなぎまで全て駆除することができる。ただし、熱風で乾燥させると臼が割れることがあるのでご注意を。さらに臼の保管場所に虫がいる可能性が高いので、保管場所の殺虫も忘れずに。