あとがき

あとがき(0-3)

現代の臼職人という生き方

じつは臼職人になって良いことはあまりないんです。よく「臼って売れるのですか?」と聞かれるのですが、もちろん臼なんてそう売れるものではありません。臼と杵と臼修理と餅つき用具のレンタルでやっと何とか生きていける程度の収入しかないんです。

修行をして独立したため、何代目とかではないので、作業場から道具まで全て揃えなくてはならないのはかなり厳しいものです。場所は祖父が広い土地を買っていて生まれた時から住んでいるので助かったが、思った以上に広いスペースが必要でした。臼にする原木の保管だけではなく、材料や製品の保管倉庫も必要でした。貧乏なうえに必要なものを毎年少しずつ揃えているので、お金はいつまでたっても貯まらない。これは好きでなければ絶対にやっていないだろう、と納得してしまいますよね。

臼屋は少ない

神奈川では臼屋はうち1軒しかないという少なさ。もし、もう1軒あったらとてらとても食っていくことはできなかったでしょう。需要が少ないということもあるし、他県の大量生産している業者が卸をしていて、それを仕入れて販売しているところがあるため、県内に臼屋がなくても困ることはないんです。

そんな臼屋ですから、神奈川の原木市場では臼屋は私しかいません。まあ、神奈川の市場がスギやヒノキの針葉樹が中心でケヤキが少ないのもその理由なのですが。一方、埼玉には広葉樹専門の市場があり、8割ほどがケヤキ材のため、銘木業者に混ざって埼玉と群馬の何軒かの臼屋や臼屋に原木を卸している原木業者が買い付けに来ています。数少ない臼屋ですが、少ない客を取り合う同業者というライバルですので、探り合いながら情報交換をしています。

いままで臼屋がいなかった神奈川の市場ではとても歓迎されています。臼に向くような材料が入ってくると電話で教えてくれるほど。原木を高値で買っているわけではなく、半端な材を購入するからです。長い材は建築材として高値で取引されます。しかし短い材や曲がった材、大きい傷のある材は使い道が限定されて、なかなか買い手が付かず困っている状況。短い材を買うのは木地屋や家具関係の材料屋ぐらい。臼は材が長くても短ても関係ないため、できれば安価な短い材や傷のある材を仕入れたい。安価といっても臼になる材なので、それなりの金額は支払うわけだから、市場にとっても良い客というわけです。こちらとしても神奈川の市場では臼屋のライバルがいないので助かっています。市場は競りか入札で購入しますから、ライバルが少ないということはそれだけ安く買い付けができるからです。短い材は市場に出さずに処分されることも多いので、なかなか良い材料はないので、仕方なく長い材を高値で仕入れることもあるんです。

臼屋に未来はあるのか

じつは手作りの臼屋は絶滅の危機に瀕しています。

その理由の一つは、陽の当たらない職人の一人だということです。作業は辛く、儲からない。これでは臼職人になるひとはいないでしょう。

また、同じように陽の当たらない職人である鍛冶屋が激減していることです。陽の当たる職人といえば、木工関係なら家具を作る職人(作家)です。年々人口が増えています。また、宮大工も憧れの職人です。一方、鍛冶屋はかつてはどこの町にもいたものですが、いまは探すのも大変です。鍛冶屋で人気があるとすれば刀鍛冶くらいでしょう。派手で目立つ職人は増えているのですが、陰になってしまう職人は激減している、というとてもバランスの悪い状況となっています。臼職人は鍛冶屋がいなくなったおしまいです。手作り臼の主な道具は鍛冶屋で作ってもらいます。大工道具とは異なるため、特注になってしまいます。臼職人同士でも道具の形は微妙にちがいます。

さらに臼はひび割れがつきものなのですが、工業製品に慣れているひとが増え、ちょっとの割れでクレームになってしまいます。また、カビが生えやすく、カビの染みが少しでもあると使いたくない、という神経質な人が増えているため、現代人には馴染めない道具となってしまっています。そういうひとはプラスチックの臼がいいのでしょうね。

さらにさらに臼の材料となるケヤキが減っています。原木市場に行くと「良い材料が減った」という話を良く耳にします。臼となるような材料は数が少なくなっているのは確かです。これからは街路樹も使うようになるでしょう。ただ、街路樹は太い材は少ないのですが。

臼屋の未来は決して明るいものではなく、大変な職業を選んでしまったものだ、と思っています。

著者紹介

臼職人 柴田芳久

1964年神奈川県藤沢市生まれ。
1995年(30歳)手刳り(手彫り)の木器を独学で作り始める。
2000年(35歳)埼玉・飯能の臼職人・吉田徳次のもとで修行を始める。
2000年(35歳)木器作家として工芸ギャラリーデビュー。
2002年(37歳)神奈川・藤沢で臼工房を開業。
2007年(42歳)兵庫県立考古博物館の依頼で弥生時代の臼と杵を復元。
2008年(43歳)「臼杵の自由研究」HPを開設。
2010年(45歳)ハンガー・フリー・ワールド依頼のアフリカ様式の臼と杵を製作。

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